植物にはカビやバクテリア、ウイルス、線虫などが感染し病気を引き起こす。カビは約一万種、バクテリアは約百種、ウイルスは約九百種、線虫は約三千種もあることが知られている。もちろんこれらは我々研究者が調べた限りであり、氷山の一角に過ぎないとも言える。これらの病原体を対象に、「なぜ植物は病気にかかるのか」、「なぜある病原体は特定の植物にのみかかるのか」、「抵抗性の植物は病原体からどのような仕組みで自身を守ることができるのか」を明らかにしようとする学問が「植物病理学」である。また植物を病気から防ぎ、発病した植物を治療する分野が「植物医科学」であるといえる。この予防や治療に要する種々の処方に携わることの出来る「コンサルタント」の国家資格が文科省の「技術士」のひとつ、<植物保護士>である。これは非常に難関な試験をパスし経験を積んで得られる資格であり「植物病理学」独自の国家資格である。
近年急速に進展した分子生物学や細胞生物学により、今日、生命現象は分子の言葉で説明することが可能となり、種の壁や細胞・器官の違いを越え、統一論的理解が可能となった。「DNAという共通言語」は基礎と応用の境界を取り払い、基礎研究の成果が直ちに高生産性や病害耐性の作物創出に直結しつつある。そして、「植物病理学」に関わる前述のような疑問は分子レベルで説明できるようになりつつある。これが「植物分子病理学」である。「植物病理学研究室」では、細菌やウイルス、糸状菌をはじめとする微生物ゲノムの構造と機能を調べ、これらの微生物が細胞内に寄生あるいは共生する際に存在すると考えられる分子認識機構や病原性の決定機構および宿主決定の分子機構の解明を目指す。
具体的には、細胞の大きさもゲノムサイズも地球上で最小の単細胞微生物で、600種以上の植物とヨコバイ類をはじめとする昆虫の両方で増殖し、植物に感染して成長を抑制したり生殖器官を変異させたりするファイトプラズマを用いて研究を行う。ファイトプラズマのこれらの性質は、植物の進化にも影響を与え、感染細胞内で各小器官と共に共存しつつ、宿主に適応しながら進化を遂げ今日に至ったと考えられ、その起源と共に興味深い問題を提起している。そこで、ファイトプラズマが宿主細胞内で共生あるいは寄生する際に発現する各種遺伝子(病原性遺伝子、宿主細胞とファイトプラズマとの間の相互認識や宿主細胞の制御に関わる各種遺伝子など)とその発現メカニズムを明らかにすることにより、宿主決定の分子機構の解明に迫る。
また、植物ウイルスはその80%以上がRNAウイルスで、複製の際にエラーの多い一本鎖RNAをそのゲノムとするものがほとんどである。それらのゲノム上の変異及び保存性の解析から、植物ウイルスはその出現以来、宿主に対して巧妙に適応して今日に至ったと考えられる。地球上でもっとも小さな微生物「ウイルス」の進化とその起源について探るとともに、その病原性・ウイルスの輸送・宿主決定など各種の重要な機能に関与する遺伝子を解明するとともに、それらの発現機構を調べる。
これらの研究により得られた知見を基に、植物病原体の感染メカニズムや、植物の生体防御メカニズムをフィールドレベルから遺伝子・分子レベルに至るまで統合的に解明する。そして、病原体の感染や寄生・共生の制御技術を確立し、病気に対する抵抗性を強化する新技術を開発する。これらの成果を用いて、微生物由来の植物発現ベクター系の新規構築のほか、高収量・優良形質等の機能を付加する新たな戦略を構築する。