lab-logo 東京大学 植物病理学研究室

研究室

研究室概要

 我々人類は文明の急速な進歩とともに、豊かな消費資材に囲まれた便利で快適な生活を送れるようになった。しかしそれと引き換えに資源の枯渇という切実な問題を考えねばならなくなった。特に今世紀初頭には世界の人口は約60億、2050年には80億を突破する勢いである。一方で食糧生産の増加率は鈍り、人口増加率の半分にも満たない。このまま行けば確実に食糧難がやってくる。また、世界の食糧生産のうちその三分の一は病虫害や雑草害によって失われている。特に病害による損失はその三分の一以上にもなり、全食糧可能生産量の12%にも達すると推定されている。これは年間8億人以上の人口を養える量である。この危機的な状況を克服するためには、植物を病気から守り、治療する研究を推進する必要がある。

 植物にはカビやバクテリア、ウイルス、線虫などが感染し病気を引き起こす。カビは約一万種、バクテリアは約百種、ウイルスは約九百種、線虫は約三千種もあることが知られている。もちろんこれらは我々研究者が調べた限りであり、氷山の一角に過ぎないとも言える。これらの病原体を対象に、「なぜ植物は病気にかかるのか」、「なぜある病原体は特定の植物にのみかかるのか」、「抵抗性の植物は病原体からどのような仕組みで自身を守ることができるのか」を明らかにしようとする学問が「植物病理学」である。また植物を病気から防ぎ、発病した植物を治療する分野が「植物医科学」であるといえる。この予防や治療に要する種々の処方に携わることの出来る「コンサルタント」の国家資格が文科省の「技術士」のひとつ、<植物保護士>である。これは非常に難関な試験をパスし経験を積んで得られる資格であり「植物病理学」独自の国家資格である。

 近年急速に進展した分子生物学や細胞生物学により、今日、生命現象は分子の言葉で説明することが可能となり、種の壁や細胞・器官の違いを越え、統一論的理解が可能となった。「DNAという共通言語」は基礎と応用の境界を取り払い、基礎研究の成果が直ちに高生産性や病害耐性の作物創出に直結しつつある。そして、「植物病理学」に関わる前述のような疑問は分子レベルで説明できるようになりつつある。これが「植物分子病理学」である。「植物病理学研究室」では、細菌やウイルス、糸状菌をはじめとする微生物ゲノムの構造と機能を調べ、これらの微生物が細胞内に寄生あるいは共生する際に存在すると考えられる分子認識機構や病原性の決定機構および宿主決定の分子機構の解明を目指す。

 具体的には、細胞の大きさもゲノムサイズも地球上で最小の単細胞微生物で、600種以上の植物とヨコバイ類をはじめとする昆虫の両方で増殖し、植物に感染して成長を抑制したり生殖器官を変異させたりするファイトプラズマを用いて研究を行う。ファイトプラズマのこれらの性質は、植物の進化にも影響を与え、感染細胞内で各小器官と共に共存しつつ、宿主に適応しながら進化を遂げ今日に至ったと考えられ、その起源と共に興味深い問題を提起している。そこで、ファイトプラズマが宿主細胞内で共生あるいは寄生する際に発現する各種遺伝子(病原性遺伝子、宿主細胞とファイトプラズマとの間の相互認識や宿主細胞の制御に関わる各種遺伝子など)とその発現メカニズムを明らかにすることにより、宿主決定の分子機構の解明に迫る。

 また、植物ウイルスはその80%以上がRNAウイルスで、複製の際にエラーの多い一本鎖RNAをそのゲノムとするものがほとんどである。それらのゲノム上の変異及び保存性の解析から、植物ウイルスはその出現以来、宿主に対して巧妙に適応して今日に至ったと考えられる。地球上でもっとも小さな微生物「ウイルス」の進化とその起源について探るとともに、その病原性・ウイルスの輸送・宿主決定など各種の重要な機能に関与する遺伝子を解明するとともに、それらの発現機構を調べる。

 これらの研究により得られた知見を基に、植物病原体の感染メカニズムや、植物の生体防御メカニズムをフィールドレベルから遺伝子・分子レベルに至るまで統合的に解明する。そして、病原体の感染や寄生・共生の制御技術を確立し、病気に対する抵抗性を強化する新技術を開発する。これらの成果を用いて、微生物由来の植物発現ベクター系の新規構築のほか、高収量・優良形質等の機能を付加する新たな戦略を構築する。

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メンバー

教授
山次 康幸(Yasuyuki Yamaji)   ayyamaji -at- g.ecc.u-tokyo.ac.jp

准教授
前島 健作(Kensaku Maejima)  amaejima -at- mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

助教
岩渕 望(Nozomu Iwabuchi)  aiwabuchi -at- g.ecc.u-tokyo.ac.jp

※メール送信の際は「-at-」を「@」に変換してください。

研究員
西川 雅展(Masanobu Nishikawa)

博士課程3年
松本 旺樹(Oki Matsumoto)

博士課程2年
鈴木 誠人(Masato Suzuki)
山本 桐也(Toya Yamamoto)

修士課程1年
太田 真莉(Mari Ota)



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沿革

歴史

植物病理学講座は1906年(明治39年)4月に世界最初の植物病理学講座として開設され、 同年5月に白井光太郎先生(1906~25年)(明治39年~大正14年)が初代教授に就任しました。 その後、草野俊助先生(1925~34年)(大正14年~昭和9年)、中田覚五郎先生(1937~39年)(昭和12~14年)、 明日山秀文先生(1944~69年)(昭和19~44年)、與良 清先生(1969~81年)(昭和44~56年)、 土居養二先生(1981~87年)(昭和56~62年)、土崎常男先生(1988~93年)(昭和57~62年)、 日比忠明先生(1994~2004年)(昭和63~平成16年)、難波成任先生(2004年~2017年)(平成16〜29年)が教授として講座の教育、 研究に当たりました。2019年(令和元年)に山次康幸が教授に着任し、以降植物病理学の教育、 研究にたずさわっています。



教育

駒場農学校時代には松原新之助先生、安本徳寛先生(明治12年)が植物学の一部として植物病理学を講じました。 1880年(明治13年)4月、駒場農学校に植物病理学科が新設されました。 植物病理学の講義は農科大学時代には毎週二時間(年間)行われましたが、 農学部と改称された後には毎週4時間(半年間)となり、 関連科目として農業微生物論が設けられました。1964年(昭和39年)に農学科が農業生物学科と改称された際、植物病理学 I (2単位)、 植物病理学 II (2単位)の講義が設けられました。また、ウイルス学(2単位)、 細菌学及び血清学(昭和52年に植物病原細菌学と改称)(2単位)、菌類学(2単位)を設けました。 植物病理学実験は1943年(昭和18年)までは植物学実験の一部として行われていましたが、その後農学実験、 農業生物実験の一部として行われるようになりました。1994年には大学院重点化に移行し、 農学系研究科から農学生命科学研究科に改称され、研究科に学部が附属する形になり、学科が廃止され、 課程制に移行しました。1995年(平成7年)には農業生物学科は生産・環境生物学専攻に改され、 資源生物学基礎・応用実験および応用生物学・環境生物学・生産生物学実験の一部として行われるようになりました。



研究

白井光太郎先生は多数の植物病害および病原菌類を蒐集、同定し、また各種さび病菌の生活史を明らかにし、 我が国の植物病理学の礎を築きました。白井光太郎先生、末次直次先生はイネいもち病菌の培養に成功し、その特性を初めて明らかにしました。 草野俊助先生は我が国の植物病原菌類多数を同定、記載し、また壷状菌類(Synchytrium, Olpidium 属菌)の生活史を明らかにし、 1933年(昭和8年)帝国学士院賞を受賞しました。中田覚五郎先生は本講座を担当してわずか2年余で逝去されました。 明日山秀文先生はコムギの各種さび病菌の寄生性分化、コムギ品種の抵抗性などについて研究を行いました。 また、與良 清先生、土居養二先生とともにクワ萎縮病などの病原としてファイトプラズマ(当時マイコプラズマ様微生物)を世界で初めて発見し、 1978年(昭和53年)日本学士院賞を受賞しました。明日山、與良、土居の先生方は多年にわたり我が国の植物ウイルス多数を同定、記載し、 植物ウイルス分類の基礎を築きました。 土崎先生は植物ウイルスの分類体系を確立し今日の系統分類の基礎を築くとともに、分子植物病理学的研究の端緒を開きました。 日比先生はタバコモザイクウイルスの複製・移行に関わる宿主因子の解析や植物病原菌類の薬剤耐性機構の解明を行うとともに、 いもち病抵抗性組換えイネを作出するなど、分子植物病理学的研究を本格的に展開しました。 難波先生はファイトプラズマの分子分類、全ゲノム解読、病原性因子の解明、宿主特異性機構の解明など世界で初めて成功してファイトプラズマの分子生物学の基礎を築かれ、2017年(平成29年)日本学士院賞を受賞されました。また、植物保護分野の基礎と現場を直結する融合学問領域「植物医科学」を確立されました。山次は植物ウイルスを対象としてその増殖、病原性、宿主特異性、抵抗性、進化などに興味を持ち、研究を進めています。

歴代教授

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研究室に興味のある方へ

 私たちは文明の急速な進歩とともに、豊かで便利かつ快適な生活を送れるようになりました。しかしそれと引き換えに資源の枯渇という切実な問題に直面しています。今世紀初頭に約60億の人口は、2050年には90億を突破する勢いです。一方で食糧生産の増加率は鈍り、人口増加率の半分にも満たないのです。このまま行けば確実に食糧難がやってきます。世界の食糧生産のうちその三分の一は病虫害や雑草害によって失われており、特に病害による損失は全食糧可能生産量の12%にも達します。これは年間8億人以上の人口を養える量です。この危機的な状況を克服するためには、植物を病気から守り、治療する研究「植物病理学」を推進する必要があります。「なぜ植物は病気にかかるのか」、「なぜある病原体は特定の植物にのみかかるのか」、「抵抗性の植物は病原体からどのような仕組みで自身を守ることができるのか」を明らかにしようとする学問が「植物病理学」です。

 植物病理学は21世紀になくてはならない重要な研究分野です。近年急速に進展した分子生物学や細胞生物学により、今日、生命現象は分子の言葉「DNA」で説明することが可能となり、「植物病理学」に関わる前述のような疑問が分子レベルで説明できるようになりつつあります。これが「植物分子病理学」です。「植物病理学研究室」では、細菌やウイルス、糸状菌をはじめとする微生物ゲノムの構造と機能に関する知見をもとに、これらの微生物が細胞内に寄生あるいは共生する際に存在すると考えられる分子認識機構や病原性の決定機構および宿主決定の分子機構の解明を目指します。これらの研究により得られた知見に基づき、植物病原体の感染メカニズムや、植物の生体防御メカニズムをフィールドレベルから遺伝子・分子レベルに至るまで統合的に解明します。そして、病原体の感染や寄生・共生の制御技術を確立し、病気に対する抵抗性を強化する新技術を開発します。これらの成果は、微生物由来の植物発現ベクター系の新規構築のほか、高収量・優良形質等の機能を付加する新たな戦略を構築へとつながるものです。

 私は、本学大学院新領域創成科学研究科の博士課程で学んだのち、農学生命科学研究科で助手、助教を務め、米国で客員研究員、再び農学生命科学研究科で特任准教授、准教授を務めたのち、教授として着任しました。

 これからも、若い方達が世界を舞台に活躍頂けるようがんばりたいと思います。

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受験生の方へ

 学生は学内外より広く受け入れます。入学後は、英語論文の読解・作成練習のほか、(学会等での本番を含む)口頭・ポスター発表のトレーニングを積極的に進めていただきます。研究の推進力である若手教員とポスドクから直接の実験指導を受けます。入学直後は適性に応じてチーム型または個人型研究テーマが与えられます。徐々に両タイプのテーマを併行してこなせるようになります。頻繁に実験報告を行い、きめ細かく指導を受けます。研究演習は時間を制限せず、論文解釈の誤りは細かくチェックされます。

 個々の研究課題にこだわらず、広く植物病理学の専門的知識を得るとともに、「遺伝子-細胞-組織-個体」の広い範囲のレベルにわたり、「微生物・植物・昆虫の相互作用」に広い見識を持つよう指導したいと思います。

 個別メニューを組みますので、主体性を持って計画を立案し、レポートに至るまで型にはまらない勉強をして頂きます。学生実験や講義および卒論・修論・博論研究においても同様です。研究室配属後は、出来るだけ早く落ち着いた生活が出来るように配慮致しますので、実験計画立案・結果の整理と考察・発表等の技術を迅速に習得すると共に、それに必要な基礎学力と専門的知識を学ぶ方法と習慣を身につけるよう努力して頂きたいと思います。先輩からもどん欲に学べるべく、研究室の生活にスムースに溶け込み易い雰囲気を作るよう努力いたしますので、是非ともそれに応えて頂きたいと思います。

 研究室の見学を希望される方は、「氏名」・「所属」を明記の上、こちらまでご連絡ください。研究室の所在は、こちらでご確認ください。

 また、例年5月には植物病理学研究室の属する生産・環境生物学専攻の大学院入試ガイダンスが行われます。こちらもぜひご利用ください。  

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